『好きと嫌いの優先順位(ココマ)』2013/8/15
・ちょっと病んでるココさん風味。
「キミの事が好きだよ」
「ボクも貴方の事がスキですよ」
唐突に告げられた告白に、間髪入れずに答えを返す。
そういう所も好きだなぁ、と彼の人は小さく微笑みながら呟いた。
今日は世間では休日であり、小松の勤め先であるレストランはいつも以上に大盛況であった。
そんな中、彼…ココは予約もなしに店に訪れ、一般客に混じりながら「客」として食事の席に着いた。
レストランは突然の有名人の来店に多少ざわめいたものの、さすがは六つ星レストランということもあり、スタッフはもちろん客も冷静な対応で大した騒ぎにもならず、すぐに銘々のテーブルに意識を戻し提供される食事に舌鼓を打った。
(蛇足だが、このレストランは時折『四天王』が現れる店としてちょっとした有名スポットになっているらしい。)
「ボク今日、ラストまでなんで…退社できるの深夜をまわると思うんですが…」
「かまわないよ。この後予定もないし。迷惑でなければ待たせてもらっていいかな?」
「迷惑だなんて…」
ココのテーブルにデザートをサーブしにきた小松は、困ったように顔を伏せる。
現時刻で22時をまわったくらい。
他の客はほぼ退店し、まばらになったフロアでは数名のスタッフが席を片付けている。
「じゃ、ボクはラウンジにいるから」
あわてなくていいからね、とだけ言い置いて、ココは颯爽とレストランを後にした。
いつの間にか空にされていたデザート皿とコーヒーカップを手に取ると、小松はそそくさとバックヤードに戻った。
いつもはこちらが気を使うくらい小松を立てる行動をするココだが、まれに強引に事を進める時もある。
決して押しつけがましくはないが、有無を言わさぬ素早さで、気づいた時にはもうココのペースに巻き込まれているのだ。
(もう…!来るなら来るって言っといてくれればもう少し段取り良く出来たのにぃ!)
バタバタとせわしなく駆け回る料理長の姿に誰も咎める声をかけない。むしろ微笑ましくみつめるスタッフ陣。
普段からこまねずみよろしく、ちょろちょろと職場を動き回る上司の姿を、同志たちは柔らかく受け止める。
「料理長。こっちはもういいですから、明日のメインの仕込みだけお願いしますよ」
「いや、そんなわけには…」
「大丈夫ですって、後は俺達だけでも出来るコースの残りですし、片付けもほぼ終わってますから」
「早くしてあげないと、ココ様待ちくたびれちゃいますよ〜」
からかい気味に投げられたその声に顔を赤らめながらも「じゃぁ、お言葉に甘えて…」といそいそと明日の為の料理の仕込みを始める。
幸いにして理解と実力に恵まれたスタッフに感謝しながら、小松はこの職場で良かったと噛みしめる。
普段からいかに彼らを頼りにしているか、感謝しても感謝しきれない想いを巡らせながら手は止めない。
料理に集中していると、一切の雑音が小松の中から消えていく。
そんな小松の背中を見ながらスタッフ達は気さくにやり取りをする。
「いやぁ、でもココ様で良かったよ。トリコ様なら有無を言わさず料理長を連れ去るもんな!」
「そうそう、こっちの都合なんてお構いなしだもんな〜」
「ようやく予約入れてくれるようになっただけましだよ。前なんてさぁ〜…」
軽口がポンポンと飛び出してくる。
世間では『四天王』と持て囃され、畏れられ、超有名人として近寄りがたい彼らのことを、こうも知り合いかのように語れるくらいにはスタッフは慣れ親しんでいた。
それというのも我らが料理長目当てに彼らが頻繁に訪れるからだ。
特に親しく会話を交わしたわけではないが、彼らが料理長と交わす会話や態度に、溢れんばかりの好意がちりばめられているのだから、どうして厭えよう。
「でさ、誰が本命だと思う?」
「そりゃ、コンビを組んだトリコ様が有力だろ?」
「いやいや、足しげく通われるココ様でしょうよ!あの方の家からここまでどれだけの距離があると思ってんだよ」
「待て待て、あのサニー様だってわざわざ店に来られるんだぜ?しかも偏食と名高いのに一切文句つけられたことも無いんだし…」
「それを言うならゼブラ様だろ?!このホテルで何か被害が出たことあるか?!これもひとえに小松料理長に対する…」
わいわいがやがや背後で盛り上がっているが、小松の耳には届かないのか一心不乱に料理に精を出している。
一所懸命に料理に相対する小松にとってはすべてが雑音でしかない。
たとえ話の中心が自分であろうとも。
それを知っているスタッフはわざと楽しげに話を続ける。
もし、もしもこの会話に小松が気付いたとしたら、どう反応するのかを想像して楽しむのも忘れずに。
「ごめんね!ではお言葉に甘えて、お先に失礼します!」
自分に割り振られた仕事を驚異的な速さでこなした小松はそう言ってぺこりと頭を下げた後、あたふたと職場を後にする。
まだ日付は変わっていない。
同僚に感謝しながら、息せき切ってラウンジにたどり着いた小松は、軽く息を整えると重厚な扉を静かに開いて店内を見回した。
カウンターの一番奥、ひっそりと、まるで元からそこに置いてある良く出来た彫刻のように佇む彼に目を留める。
「ココさんっ」
「やぁ、早かったね」
小さく声をかけると、店内に入ってきた小松に気づいていたのだろうココは、手にしていた小さな本をパタンと閉じ、小松を振り返った。
「お待たせしました」
「もういいの?」
「はい。みんなが協力してくれて…先にあがらせてもらいました」
「そう…君の周りには、良い人ばかりが集まるね」
にこり、と笑いかけるココに目を奪われる。小松だけでなく、カウンター内にいた年若きバーテンダーも、老齢のマスターも。
どうする?ここで一杯やっていく?と尋ねるココに小さく首を振って断ると、ココは腰を上げて「ごちそうさま」とカードをマスターに手渡した。
何度もこのやり取りをしているのだろうマスターは、カードを受け取ると淀みない動作で精算を済ませ、ココにカードを返した。
マスターが何も言わずに柔和に目を細めると、ココも軽く口角を上げてそれに返した。
(ふわぁぁ…様になるなぁ…)
大人のやり取り、みたいなものを目の前で繰り広げられ憧憬のまなざしでみていると、行こうか、と軽く肩を押されて促された。
「やっぱり、ココさんかっこいい…」
何を言ってるの、と苦笑しながらココは小松へ目配せする。
「だって、何をしても様になるっていうか…大人の男って言うか…」
「歳はそうかわらないでしょう」
「じゃあやっぱり人生経験の差ですかね…」
ぶつぶつと口の中で呟きをこぼしていたが、目の前の信号が赤に変わったのに気付いて足を止める。
「えと…このままどこ行くんですか?」
目的でもあるのかと尋ねると、どうしようか?とかえってきた。
特に目的もなく、深夜にプラプラと散歩する。
「こういうのも、良くない?」
小松のはるか上方から柔らかな声が落とされる。
「も、もちろん異論はありませんっ!!!」
優しげな瞳で覗き込まれ、どうして否と言えようか。
深夜で、周りの灯りといえば街頭に規則正しく立ち並ぶ水銀灯のほのかなオレンジ色しかなくて。
それでも、ココの目には小松の紅く染まった頬が良く見えたことだろう。
小松はつい先ほどのことを思い出す。
自分が料理にかまけている時に背後で交わされていた同僚の会話。
「本命は」云々あたりで、思わず包丁を滑らせた。
食材をほんの数ミリ、切り損ねた。
普段なら絶対にしないミスに冷や汗をかいたが、おくびにも出さず作業を続けた。
(失敗した分は賄い用に別にしておいたので、後で誰かが食べてくれるだろう)
そう、普段なら、それこそ何にも耳を貸さずにひたすら料理に集中している小松だが、ここ最近、ある単語に身体が反応する。
『四天王』や、その彼らの個人名…特に『ココ』という単語に。
(聞いてないと思って、なんて話題をしてくれてんだかもう…)
我らが頼りになる同僚は、小松を含め四天王を話題に盛り上がることがしばしばある。
決して愚痴や悪評ではないので看過しているが、どうにも収まりが悪い気分になる。
話に気を取られて仕事がおろそかになるなら注意のしようもあるが、いかんせんそこはきっちりとしたプロ。
手がお留守になることは一切ない。
なので、小松は気づかない、聞いてないふりをしてやり過ごす。
小松とて話に参加したくないわけでもないのだが、一度だけ会話によってみたら、ものの見事におもちゃ扱いよろしく、とことんまでからかわれた。
ので、以後なるべく関わらないようにしている。
立場こそ「料理長」であるが、年齢としてはまだまだ若輩者。
小松より雇用歴も長い同僚は何人もおり、特に人生経験に置いては小松は自他ともに不足していると認めている。
なので勝てない。もとより戦いを挑んでいるわけではないのだが、どうやってもいいようにあしらわれる。
この職場で一番培われたのは、ポーカーフェイスとスルー技術だろうとこっそり思う。
接客業なので、ある程度は身につけていたが、ここの職場でさらに磨きをかけた。
しかし、その技術は職場でしか効力を現せないらしい。
今、横に立ら並ぶ美丈夫にはなんら通用したためしがない。
さらにはそれを逆手にとって弄られることも度々。
不快ではないのだが、どうにも釈然としない時もある。
…口でも、腕力でも、頭脳でも。何に置いても勝てたためしはないし、勝てる気もしないのだが。
「あんまり考え込んでると、拗ねるよ?」
「は?」
およそ似つかわしくない単語を発したココを勢いよく見上げる。
”すねてます”をわかりやすく顔に貼り付け、とっくに青に変わった横断歩道を小松の手を引いて渡り終わっていた。
「もおぉ〜…ココさんずるいなぁ」
「なにが?」
「何やっても似合いますもん」
可愛いですよ、その顔。と本気で言ったら、ココさんはすっごく不思議な顔をした。
「…君にだけは言われたくない…」
と、空いた片手で顔を覆って隠された。
もう片方の手は…小松に繋がれたままだった。
深夜、人気のない街頭で、いい年こいた男二人が仲良く手を繋いで歩いている。
一種異様な光景だが、それを見咎める人はいない。
「何考えてたの?」
「え?…や、さっき、職場でですね…」
思い出し笑いを隠さずに。
「ココさんとかトリコさんとか…、愛されキャラだなぁって」
「愛…ね」
繋いだ手に力を込めてさらに握りこまれて。
「君にだけ愛されてればいいよ」
「───…」
臆面もなく。
じっと覗き込まれる瞳をそらしながら、あわてて言葉を続ける。
「で、ですね…!四天王の中で、本命は誰なんだーって…」
勝手に言い出しあってですねぇ〜…
はたと、ここまで言ってまずい話題を振ったかもと、そらした顔を恐る恐るココに向ける。
「…ふぅん。本命ね。それって、小松くんが、誰を本命に、って事かな?」
「た、たぶん…」
「ふぅん」
痛い。ココさん、手が痛いです。
抗議も込めて、小松も強く握り返すと、ふと力が弱まった。
「も、もちろん、ココさんですよ!」
職場の誰にも言ってないけど。
それは事実で。
二人は当に付き合っていて、恋人同士という関係で。
「…ココさん、が、一番、好きです、よ」
途切れ途切れに、恥ずかしながらも告白する。
何度か言葉にして伝えたが、慣れることはない。
恥ずかしいのはもちろんだけど、その度に真顔で「ボクも好きだよ」と返されるのが…
嬉しいけれど…恥ずかしくて。
なので、また、今も言われるのだろうなと想像して落ち着かない。
…だけど、今回は、無かった。
不思議に思って見上げると、ココは何か思案しながら夜空を仰ぎ、鈍く光る星の輝きを眩しいものを見るかのように目を細めていた。
しばし、二人無言で歩みを進める。
たどり着いた先は小さくも大きくもない公園。
子供たちがこぞって遊べるような遊具があるでもなく、日中なら近くの社会人が木漏れ日を求めてやってくるような緑多き憩いの場。
比較的きれいなベンチに小松が腰をかけると、追ってココも腰を下ろした。
小松は、何か機嫌を損ねることを言っただろうかと気が気でなかったが、ココは不穏な空気を纏うでもなく、ただ無言だった。
ココが無言の時は多々ある。ただ、いつもはそれでも雄弁なのだ。
視線ひとつとっても、何気ない仕種でもっても、だいたいを察する事が出来る。
特に不機嫌な時はわかりやすいので、近寄らないようにするくらいだ。
ただし小松といる時に不機嫌になる事はめったにない上に、今も特に不機嫌オーラを発しているわけでもない。
(ボクには考えもつかない深いことを考えているんだろうなぁ…)
そしてその顔を横からこっそり覗き込んで、やっぱり、どんな顔でも様になるなぁと、ひっそり賛嘆を漏らす。
「キミの事が好きだよ」
「ボクも貴方の事がスキですよ」
唐突に告げられた告白に、間髪入れずに答えを返す。
そういう所も好きだよ、と彼の人は小さく微笑みながら呟いた。
考え事は終わったのか、やけに上機嫌なココの様子に安堵したが、なぜか安心できない。
今までの経験上、ココが上機嫌な時、碌でもない事が多かったせいだ。
それは決して小松にとって不利になることではないのだが、精神衛生上よろしくない場合が多かった。
ココは小松を甘やかす事を常としていた。小松としては遠慮してしかるべき事をココは平然とやってのける。
日常のささいな事だが、それくらいは自分でできる、といくら小松が言ってもココは受け入れてくれなかったり。
また、夜の営みでもそういった場面があって、小松がどれだけ遠慮しても、ウキウキと我を押し通す場面があったりなかったり。
もちろん全てが小松を想っての行動だとわかっているので(そう信じたい)強く跳ね除けることが出来ないのだが、それは甘えることとは違うのだと、頭ごなしに否定したりする事も出来ずにいた。
結局は小松もココに対して随分と甘いのだけど、小松の場合はココだけに対して甘いわけではないので、そこがよりココを頑なにさせているのだが、小松がその事に気づく可能性は今後も低い。
「ねぇ、好きと嫌いだったら、どちらの感情のほうが強いと思う?」
「え?好きと…嫌いですか?」
「そう」
「…そりゃあ…好き、じゃ、ないですか?」
「そうかな?そう思う?」
「はい。だって…好きの方が嬉しいじゃないですか」
小松くんらしいね、と小さく含み笑いをしたココはベンチに深く座りなおして、やや前傾姿勢で横にいる小松を覗き込んだ。
「例えばね…、好きな料理と嫌いな料理を出されたとしよう。好きなものはものすっごく美味しくて、とても貴重で手に入れにくいものとする。だけどそれを食べるには、ものすっごくまずくて二度と口にはしたくないくらいの嫌いなものを食べないといけないという条件がある」
「…仮定ばかりですね」
「想像の話だからね。どうする、君なら食べる?食べない?」
うーん、としばし頭をひねり考えたが…
「食べますね。だって、どうしても好きなものを食べたいですもん。嫌なものを我慢したって。それに、料理だったら、どんなものでも味わっておきたいし、嫌な味のものでもまぁ食べられると思いますし…」
小松くんらしい、と苦笑いをして、質問を間違えたねと軽くかぶりをふった。
「君に料理の話をした時点で間違っていたよ。…だったら…」
ほんの少し思案して、
「ものすごく好きな人と、ものすごーく嫌いな奴が小さな部屋に一緒にいます。小松くんがその部屋に入ったらもう隙間はありません。すなわち両方の人間と触れあってしまいます。その部屋に入るか入らないか選択できます。…入りますか?」
「えぇ〜…なんですかソレ…──、入ってる時間は?」
「ずっと。数分とか数時間じゃなくてずっと」
「うーん…入っちゃいますかね」
「入るの?」
「だって、大好きな人が入ってるんでしょう?一緒に居たいですもん。嫌な人とは…嫌でしょうけど、もしかしたら、ずっと一緒に居たらそうでもなくなるかもしれないし」
「…君って…本当にお人よしなんだねぇ」
「…褒めてるんですよね?」
そもそも、そんなに人を嫌いになった事ないんで、うまく想像できません。
はぁ〜、と深いため息がココの口から洩れる。
「ボクはね、君の一番になりたいんだ」
「一番…ですか」
「そうだよ。ボクの中では君はとっくに一番なのに、君にとってはそうでないなんて悔しいじゃないか」
「なんで…決めつけるんですか?!…ココさんは、とっくに!ボクの中で…」
一番なのに…
そう、思われてない事の方がショックだった。
膝の上で固く拳を握りしめ、どうやったら伝わるのだろうかと思考をめぐらせる。
だが、上手く言葉に表せない。ああ、もっと、それこそココさんのように巧みに言葉を紡げないものか。
「ごめんね、違うよ、小松くん」
そうじゃないんだと、固く握りしめられた小松の拳の上にそっと掌を重ねると、やさしく包み込む。
「君の中で、”好き”と言う感情があふれてて、それはとても好ましいんだけど、それは…ボクだけに向けられるものじゃないだろう?」
それは、料理にでも、職場の同僚にでも、毎朝すれ違う赤の他人にまでも。
そして──もちろんコンビである人物にも。
「誰にでも注がれるものが欲しいんじゃないんだ。ボクは貪欲で…とても浅ましいんだよ」
「それでも!ココさんはボクにとってとても特別で…ッ!誰とも比較できないくらい大事な気持ちなんですよ?!」
「うん、それもわかってる。けど、それじゃあ足りないんだ」
「…どう、言ったら、どうしたら満足してくれるんですか…?」
傍に居るだけで満たされるこの感情を、溢れ出る愛情をどうやったら理解してもらえるのだろうか。
「嫌いになって」
「は?」
「ボクの事を嫌いになって。憎んでもいい。恨んでもらいたいくらいだ」
「───ココさ…?」
「ボクはね、感情の中で一番強いのは”憎悪”だと思ってる。いや、確信している」
「──なん、で?」
「…さっき、君にした仮定の質問だけどね。ボクの答えは君と正反対だ」
小松の拳に重ねられたココの手が、強く、強く力を込められる。
「ボクは嫌いなものには近づきたくもない。いくら好きなものを手に入れる為でもね」
「ココさ…痛、い…ッ」
「夜、眠りに落ちる前に思い出されるのは幸せな過去より嫌な経験の事の方が多くないかい?」
他人にされた嫌な事、それに対する醜い感情。それらが脳を、心を支配する。
「好きな人に囁かれた甘い言葉より、心にささる何気ない悪意ある呟き一つが胸を占めないか?」
「…そんな、事…」
無い、とは言えない。
例えば店で、提供した料理が美味しかったよと言われた事より、こちらの落ち度のない事で責められた時の方が心の片隅にこびりつく事はよくある。
「だ、だけど、そればかりじゃ…」
「ボクは、ダメなんだよ。どうしても…辛い事や、悔しい事、醜いと言われる感情に強く強く捕われる」
「…ボクの、想いも届かない、ですか…?」
それはなんて悲しい事なのだろう。
眉をひそめ、己の手に重ねられたココの手に、さらに掌を重ねて。
ふと、ココは優しい眼をして、食い込むまで握りしめられていた拳の力を抜いて労わる様に撫でさする。
「君の、優しい想いも全部、ちゃんと届いてるよ」
それに幾度も救われた。
今も、小松くんが抱いてくれる憐憫の情もちゃんとわかっている。
「憐れんでなんか…ッ!」
「いいんだ、そんな君が好きだから」
手を振りほどき、小松の背に両腕を回して己の胸に小松を埋める。
「ボクの中で”好き”と言う気持ちは特別なんだ。君以外には向かないから」
でも、キミの中では”好き”はありふれたものだから特別ではないだろう?
「だったら、キミに嫌われるのは…最上の『特別』になると思わない?」
「そんな…そんなの詭弁です…!!ボクはココさんが好きなんですっ!」
嫌いになんて…なるはずがない──!!!
「うん…だからこその『特別』だろう?」
うっそりと語るココはどこか恍惚とした表情で。
「ココさん!ココさん──ッ…!ねぇ、嫌ですよ!そんなのは嫌だ!違うでしょう?!」
「嫌?そう、良かった。もっと、嫌になってよ」
言葉とは裏腹に、小松の背を優しく、優しく何度も撫でさすりながら。
ボクの事が好きなら、ボクの願いを聞き届けてよ。
なんて矛盾した感情。
理屈じゃないんだ。
きっと、ココの中では。
「ねぇ、お願い。ボクの事を嫌いになって───?」
そしてその心をボクで満たして。
終
・本当はもっと短文であっさりとした話でもっと尻切れトンボみたいにするつもりでしたが…
あっしもどちらかというとココさんよりの考えで、「嫌い」の気持ちの方が強い感情だと思っておりまして。
一番強い感情で小松を支配したい、されたい、みたいな。
愛憎紙一重。好き故の嫌い。
…もっと上手く表現したかったです(*;´□`)ゞ
※閲覧ありがとうございました。