『Calling』 トリコマ(2014/1/15)

・続き物です。とりあえず序章的なものをUP。










「声、出さねぇんだよなアイツ」
何の脈絡もなしに、隣の席で飲んでいた男がぽつりとこぼした。
口の中で転がしていた液体を嚥下し、手にしたグラスを静かにテーブルの上に置くと、その発言を耳にした男は地を這う程の低い声でこう呟いた。
「褒めろ。今の俺を心底讃えろ」
「さすがだな十夢。お前ほどかっこいい男をオレは見たことがない」
わかっているのかいないのか、いやわかっていてそう嘯く青い髪の男…トリコは真剣な眼差しでカウンターに置かれた乾きものに手を伸ばしながら続けた。
「オレが頼れるヤツはお前しかいないんだ」
「…俺なんかより頼りになる奴はいっぱいいるだろうが、お前の周りには」
「こんな事他の誰にも相談なんて出来ねぇだろうが」
「いるだろうが。ほら、あの、同じ四天の…」
「ココはだめだ!アイツにこんな相談を持ちかけようものなら、口を開く前に致死毒を喰らう!!」
十夢が誰を思い起こしたのかを正確に察知したトリコは、顔も青褪めんばかりに即座に否定をくりだした。
「はぁ…そんなもんかね?」
「恐ろしいこと言うなよな!」
今のも聞かれてねぇだろうなと、きょどきょどと周りを振り返る。
まさか見られても聞かれてもいるはずもないのだが。
グルメシティの路地裏にある小さなバー。
店内にはトリコと十夢以外に客もおらず、年老いた男が静かに二人をもてなすだけ。
まさかこんな所に世を騒がす四天王の一人がいるとは誰も思わないだろう。
ここは十夢の行きつけの店であり、星ひとつさえついていないが料理も美味しく、なによりも雰囲気が気に入っていた。
そして静かに飲みたい時、語りたい時に訪れる憩いの場として大切にいている所のひとつだった。

トリコとはふとした時に一緒に飲む。
馬鹿騒ぎするのも楽しいが、静かさを楽しめる数少ない友人のひとりでもある。
今日も静かに盃を傾けていたのだが…

今日会ったのは偶然だった。
そして時間があるなら今夜どうだと誘われた。
卸業を営んでいる十夢は朝が早いので、遅くまでは付き合えないぞと断りをいれて今に至る。
「ひょっとして…今日誘ったのは、狙ってたのか?」
「いや、それはマジ偶然。お前とも飲みたかったし」
人好きのする笑顔で返すトリコに邪心はないようだ。ほんの少しだけ疑って悪かったなと心の中で謝罪する。
「で、なんでそれを俺に言うんだ」
「いやそりゃ妻帯者だし、経験豊富そうだし」
「確かに妻帯してるが経験豊富でもないし、なにより…」
俺は男を相手にした事がない、とほんの少し声をひそめて。

別に差別も蔑視もしていないが、経験のないことには答えられない。
ましてや想像も出来ない、正直したくない。
この男の現在の恋人は男だ。俺も知っている相手。
すごくいい奴だ。
この時代、この世界で彼を知らぬ者はいないんじゃないかと言うくらい、時の人であり、こいつのコンビでもある。
けっして見目麗しいわけでもなく、かといって格好いい…とは言いづらい容姿。
だが人を魅了するなにかをもっており、ご多分にもれず俺自身も彼には惹かれる所がある。
誤解のないように言っておくが「人として」だ。
性的な意味合いは一切ない。
まぁ誰の目から見ても人畜無害で人が好い、を看板しょって歩いているような男がこいつの現パートナー。
「別に男相手にしろとかしたとかそう言うんが聞きたいんじゃなくてよ」
「おうなんだ」
「ヤってる時にさ、声抑えられるのって、抑えられた声って、クるじゃん」
「まぁそうだな、それはまぁ」
「でもさ、やっぱこう…男の矜持としてさ。もっと善がらせてぇとかあるじゃん」
「あるわな」
「だけどよ!オレ結構がんばってると思うんだけどさ!アイツちっとものってこなくてよぉ」
ダン、とこぶしがカウンターテーブルを震わせた。
トリコにしてはほんの少し力を入れて叩いただけ、のつもりだろうが、細かな振動はテーブル全体を震わし、グラスの中の液体は波紋を作り続け、ナッツは火で炙られたかのように小さく跳ね跳んだ。
話す内容が内容だけに小さな声だったが、感情が高ぶってだんだんと声高になったトリコの声は店全体に響き渡った。
他に客がいなくて良かった。
申し訳なくてマスターに小さく目配せすると、マスターは何も無かったかのように位置のずれたボトルを元に戻していた。
本当に申し訳なかったので後でボトルキープしようと心に誓う。もちろんトリコの支払いで。
トリコも冷静になれたのか「悪い」とこぼして椅子に腰かけなおす。
「まぁ、アイツにも色々思うところがあるんだろうよ」
「それもわかってるつもりだけどよぉ」
同性に抱かれる側の気持ち…がこの二人にはいまいちピンとはきていない。
それでも必死に考えを巡らせて想像してみる。
もし、自分の野太い声であんあん言ってみたら…
そこまで二人は想像して…やめた。
「たしかに言いたくないし聞かせたくないわな」
げんなりとした顔で十夢はそう吐き出した。
「いやいや、そりゃ自分の声で想像するからであってな、相手の声だったら…」
トリコ自身も想像したのであろう、顔が少々引きつっている。
「お前だって、嫁さんの、だったら嬉しいだろうが」
「当たり前だろうが」
「そうなんだよ!こっちは聞きたいんだっつーの!」
再び声が大きくなってきたトリコに静かにしろと目で合図をする。
「だったらお前がださせりゃいいだろうが」
「それができりゃ…」
「お前がへたくそだからだろうが」
「…ッ!!」
言ってはならぬ事を!とばかりにわなわなと身体を震わせた。
目にはうっすらと水滴がにじんでいる。
「どーせ自分ばっかりが気持よくなりたくてガツガツしたやり方しかしてねーんだろ」
「そんなこと…!な、い…と思、う」ケドヨ。
語尾がだんだん小さくなる。心当たりがあるようだ。
「ちゃ、ちゃんとアイツだって気持ちよさそうにしてるし、出すもんだって」
「待て、」それ以上いうな聞きたくないと、十夢は片手をあげる。
「だが実際、お前はアイツがそこまで気持ちよく思ってない、と思ってんだろホントは」
うっ、と言葉を詰めさせてトリコは黙る。
「…いいぞぉ、抑えきれなくて思わず出した、って声」
「うぅ…」
「なんてーか、声だけじゃなくてよ、こう、全身がさ、ああ、俺で気持ち良くなってくれてんだな、ってのがわかると」
「言うな!みなまでいうな!」
もはや水滴は今にもこぼれんばかりに縁にかろうじてへばりついている状態である。
「なんだお前意外とウブだったんだな」
俺より経験あるんじゃないのか、と十夢はからかい気味にいったが、トリコは真剣に「ない」と切り返した。
「オレから…てか、抱きたいと思って抱いたことはない」
「サイテーだな」
「そうだな」
おや、コイツにしては殊勝だなと思う答え。
きっと少し前なら「ヤりたい時にヤるし喰いたい時に喰う」それのなにが悪いと言いきっていただろうに。
「お前、本当によかったな、コンビが組めてよ」
「そうだな…そう思う」
ふと、柔らかく上げられた口角。
ふぅ、とわざとらしく溜息をつくと、すこしずれたサングラスを直す。
「よし、じゃぁ人生の先輩からアドバイスをしてやる」
「お願いします」
真剣に、姿勢を正して膝を合わしてくる、まるで弟分のようなこの友人が可愛くてしかたない。
本人には絶対にいってやらないが。
「まずは”焦らす”ってのが…」「ふんふん…」
こうして深夜の猥談もとい会談は盛り上がった。
明け方に帰宅した十夢は嫁さんに怒られはめになる。




前置きここまで。
次は実戦編にて!






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